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大阪高等裁判所 昭和32年(う)791号 判決

控訴人

被告人 寺尾正則 外一名

弁護人

東中光雄

検察官

岡谷良文

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告人両名の弁護人東中光雄の控訴趣意について。

原判示第一の事実は、被告人寺尾正則は大阪市天王寺区東平野町六丁目七八番地に本店を有し、自動車による旅客運送を業とする錦タクシー株式会社の従業員で、同会社の従業員の一部をもつて組織する大阪自動車労働組合錦タクシー支部の委員長であつたところ、右組合から同会社に対する就業規則の改正等を要求する交渉が妥結するに至らず、昭和三一年五月二一日労働争議に突入し、同被告人はその指導に当つていたが、会社が組合に加入しない従業員らを使つて操業することを妨止するため、同年五月二二日前記本店所在の同会社車庫で、入庫中の営業用自動車一九台の各配電盤回転子(デストリ・ビユータ・ローター)をひそかに取りはずし、右自動車の機関部の機能に支障を与え会社が同年七月七日内七台を使用して操業しようとする際、一時その運転を不能にさせ、もつて偽計を用いて会社の業務を妨害したというのであるのに対し、所論は被告人寺尾正則らが右判示行為にでたのは会社側が暴力団を雇い入れて組合のピケラインを暴力的に突破し組合に加入せぬ従業員により操業をし、もつて争議権を侵害しようとしたので、これを防衛するためであつて、右は刑法第三六条の正当防衛に当るのに、これを認めなかつた原判決は事実を誤認し又法令の適用を誤つたものであるというのであるが、記録を調査すると、被告人寺尾正則らが前記の挙にでたのは会社側が暴力団を雇い入れて自動車を持ちだそうとしているとの情報に接しただけで、そのことが現実に行われそれに対抗するためであつたのではなく、従つて右争議権が急迫不正の侵害を受けた状況にあり、これを防衛するために己むことを得ざるにいでたものとは認められないことは原判決説示のとおりであつて、被告人寺尾正則らの右判示の行為をもつて正当防衛に該当するものとはいえないので、原判決には所論のような事実誤認もなく、法令適用の誤りもない。

同二について。

原判示第二は被告人真鍋隆一は前記自動車労働組合錦タクシー支部の書記長であつたところ、被告人両名は右争議中である昭和三一年六月五日前記会社事務所で、会計事務担当者同会社取締役坂東茂夫に対し、同日会社に出ていない組合員西田新吾外八名の五月分給料(合計金六五、八二〇円)を委任状により一括交付されたい旨を交渉したが、坂東茂夫がこれに応じないで会社事務所の外にでようとしたので、同人を追いかけ、会社事務所前付近道路で、同人の前方に立ちふさがり、給料泥棒等と叫び、外数名の組合員と共謀して、こもごも手で同人の肩、胸部等を突き、あるいは同人の手をねじ、後方から胸部を抱きしめる等をして同人をその場に転倒させ、更に同人の下腹部を蹴り、肩手足等をかゝえて同人を数メートル運んで引き戻す等の暴行をし、よつて同人の右肘関節、会陰部等に全治約二四日を要する打撲傷等の傷害を与えたというのであるのに対し、所論は坂東茂夫が五月二八日までに支払わるべき前記従業員の賃金を六月五日の当日になつても支払わず、更に言を構えて帰宅しようとしたので、労働基準法第二四条に違反し同法第一二〇条の罪に当る坂東茂夫の所為に対し、前記七名の賃金を受ける権利を防衛するため已むことを得ざるにいでたものであり、しからずとするもいわゆる過剰防衛行為に当るということができるのに、原判決がこれを認めなかつたのは事実を誤認し法令の適用を誤つた違法があるというのである。記録を調査すると坂東茂夫が被告人等の前記要求に応じなかつたのは、前記七名に対する賃金を被告人らに対し委任状により一括して支払うことは労働基準法第二四条に違反する疑いがあつたゝめで、坂東茂夫が所轄労働基準局に電話で照会したが、同様の回答に接し、そのことを被告人らに伝え、被告人らも同局に電話をかけた結果、ともに同局へ出頭するよう求められて出かけようとした際、被告人らが原判示の暴行にでたのであることが認められる。すなわち坂東茂夫は前記七名に対する賃金を被告人らに一括交付することを拒否する正当な理由があり、被告人らは坂東茂夫に対し右賃金の交付を請求する権利はなかつたのであるから、被告人らの坂東茂夫に対する右判示暴行に対し、正当防衛又は過剰防衛の理論を適用する余地は少しもない。論旨は理由がない。

同三について。

被告人らの本件各犯行の動機、態様、その内容、坂東茂夫に与えた傷害の部位及び程度等諸般の点を考慮すると、原審の被告人らに対する刑はいずれも相当であつて、記録を精査しても重すぎるとは考えられない。

以上いずれの点についても本件各控訴は理由がないので、刑事訴訟法第三九六条により主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 万歳規矩楼 判事 武田清好 判事 小川武夫)

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